みなさんはひょうたんの日という日があることを知っていますか?
8月8日がひょうたんの日て言われているのですが、今回はその由来や込められた意味などをまとめていきます。
あの昔の武将との関係性なども明らかになるのでぜひ最後まで見てください!
ひょうたんの日とは?
まず、8月8日のひょうたんの日とはどのような日なのかということをまとめていきます。
ひょうたんの日ができた理由やなぜ8月8日なのかということやこの日の意味を紹介していきます。
意味
ひょうたんの日に込められている意味を紹介していきます。
ひょうたんの日には「一般の人にひょうたんのことを知ってもらいたい」「ひょうたんの栽培・加工技術などを普及させたい」という思いが込められています。
由来
このひょうたんの日が8月8日に制定されたのにはひょうたんの形が関係しています。
みなさんはひょうたんの形を知っていますか?知らない方はぜひ調べてみてください!
8月8日になった理由はひょうたんの形が8に似ているからということが由来になっています。
イベント
実はひょうたんに関係したイベントが行われている場所があります。
あの有名な太宰府天満宮では天神様の梅の木の下でひょうたん酒を酌み交わすと厄を免れると言われています。
そのため4月1日に「厄晴れ瓢箪焼納祭」が行われ、大勢の参拝者が 厄除け祈願にが訪れます。
厄除祈願を受けると御札とお神酒と厄晴れひょうたんが授けられます。
そこでもらったひょうたんに願い事を書いた紙を入れ、自宅の神棚にお祀りし、難が降りかからないようにお祈りするというものになっています。
厄が晴れた時に、改めてお礼のお参りをして厄晴れひょうたんを本殿裏のひょうたん掛所に納めます。
そしてこの4月1日のイベントでは、太宰府天満宮でひょうたんをお焚き上げします。
8月8日に行われるわけではありませんが、このイベントは有名でひょうたんも昔から大切にされていたということがわかります。
ひょうたんの使い道は?
しかし、ひょうたんってなににつかうの?と思う人も多いかと思います。
ここではひょうたんの使い道を紹介していきます。
ひょうたんはアフリカが原産地なため過酷な自然環境にも耐えられるように固い殻が種を守っているんです。
大雨が降っても浮いたまま流されていき、着いた場所で何年か後でも発芽することかできるくらい種が強いんです。
そのため、ひょうたんは入れ物として使われていることが多いんです。
ひょうたんの中に水を入れて使うということが一番使われています。なんとひょうたんは水が浸ってくることがなく、こぼさずに持ち歩くことができます。
そして中身はいつでもひんやり冷たいままで、水筒よりもすごい役割を果たしてくれるんです!
何よりもすごいのが、そのまま火にかけてお湯を沸かすことができるんです(1個で3回ほど)。
こんなにもすごい使い道があるなんて知らなかった人が多いのではないかなて思います。
ひょうたんの雑学を紹介!
続いて、ひょうたんに関する雑学を紹介していきます。
ひょつたんにまつわることわざや神話についてそしてあの戦国武将との関係までまとめていきますのでぜひ見てくださいね!
ことわざ
まずはことわざから紹介していきます。
【瓢箪から駒が出る】
これは、予期せぬことや、あり得ないことが起こるという意味のことわざです。
そして最初は冗談や間違いだったものが、結果的に現実になるという意味もあります。
駒は馬のことを指すのですが、ひょうたんから馬がでてくるということは考えられないことですよね。そのため確率の低いことや予想だにしないことが起こるという意味につながります。
○使い方
たまたま拾った宝くじが当選するなんて、まさに瓢箪から駒が出るようなことだ
神話や日本書紀にも登場
中国ではひょうたんには精霊が宿ると言われており、よく神話にもひょうたんが登場します。
有名な『孫悟空』にもひょうたんに孫悟空が吸い込まれるというシーンがあることをご存知ですか?
他にもひょうたんと仙人・水などのエピソードは何個も残されています。
ひょうたん=宇宙のような器の象徴と考えられていたという考えもあるんです。
中国の神話「ノアの箱船」はひょうたんに関係しており、ひょうたんのことを示しているんだそうです。
突然大雨が降って洪水になったとき子ども2人がひょうたんの中に避難します。
そして生き残ったのはひょうたんに入っていた2人だけだったという話なんです。
そして日本では「ひょうたんの伝承」が日本書紀に描かれています。内容を詳しく紹介します。
茨田堤という洪水や高潮を防止するため、淀川に築かれた堤防でした。
その築堤までの道のりは、2つのつなぎ目をつなぐことが出来ずとても険しいものだったのです。
そして、なかなか繋がらない切れ目に悩まされた仁徳天皇は、ある日の夢でこのような神のお告げを耳にしました。
「武蔵人 強頸と河内人茨田連衫之の2人を、川の神に供える“人柱”とすること」と。
それはつまり、2人の命を差し出して川の水をせき止めろというお告げだったのです。
そして神のお知らせで名が挙がった二人のうち、強頸はお告げを信じ“人柱”となり、一つ目の堤がつながることになりました。
そして一方、もう一人の茨田連衫子は、自らの知恵で人柱となることを防ぎました。
「私は、二つのひょうたんを持ってきた。私を望む神が真の神であれば、川に流したこのひょうたんは水に沈んでしまうことだろう。偽りの神であれば、ひょうたんは川に流れ浮かび、私は人柱になることができない」と衫子が言い、川にひょうたんを流すと、急に旋風がおきました。
ここでひょうたんは沈むかと思われましたがひょうたんはすぐに浮かび、川を流れていったのです。
この話はひょうたんに祈りを捧げることで神様に思いが伝わり困難を乗り越えることができたという話になっています。
中国と日本どちらにしてもひょうたんは素晴らしいものということがわかります。
豊臣秀吉との関係
続いてあの有名な戦国武将の豊臣秀吉との関係を紹介します。
豊臣秀吉は現在に伝わっている家紋の前にひょうたんの馬印を使用していたんです。
「千成瓢箪」と呼ばれる紋で、ひょうたんがたくさん重なったような形をしています。
このひょうたんは戦に勝つごとに増やしていったのではないかと言われており目立つ馬印を立てるといいという時代だったため豊臣は大きくなったのではないかとも言われています。
この千成瓢箪が生まれた場所と言われているのが岐阜県の金華山であり、今でも多くの豊臣秀吉ファンが訪れているそうです。
気になった方はぜひ行ってみてくださいね。秀吉のターニングポイントとなった場所で何かを感じることができるかもしれません!
なぜ縁起物なの?
ひょうたんは昔から縁起物として大切にされてきましたが、一体なぜ縁起物なのかということをまとめていきます。
したひょうたん末広がりな形をしており、古来よりとても縁起の良いものとされ、除災招福のお守りや魔除けとして広く用いられてきていました。
3つ揃えば三拍(瓢)子揃って縁起がよい。
6つ揃った「六瓢箪」は、無病(六瓢)息災のお守りになるといわれています。
そして蔓が伸びて果実が鈴なりになるということから、家運興隆、子孫繁栄のシンボルとしても有名です。
ひょうたんはその見た目と強さなどから縁起の良いものとして扱われてきているそうです。
健康・生命・幸運などすごくいい縁起物として大切にされているそうです。
さいごに
今回は8月8日のひょうたんの日について紹介していきました。
昔からひょうたんは縁起物として親しまれてきており、あの豊臣秀吉ですらその縁起にあやかりながら過ごしていたというくらい大切にされてきたものということがわかったと思います。
8月8日はひょうたんの日と少し頭に入れて過ごしてみるといいかもしれませんね!
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